和司もシャワーを終えてリビングに戻ると、ソファーの形状のままのソファーベッドに所在なく座った志生が、微妙な表情で和司を見上げた。
「……なんか、ごめん」
構わず和司は、顔を隠すように眉間を押さえた志生の手を取り、引っ張り立たせる。
「謝る意味がわからん。来いよ」
「宮村……」
心細そうに呟く志生を寝室に連れ込んで、そのままベッドに横たえた。
いつも同衾するときにはどこか不安そうな志生の目が、いつも以上に揺れている。愛しくて、その不安の全てを取り払ってやりたいと和司は思った。
「これから俺がするのは、全部したくてすることだから」
得手とは言えない優しい手つきで、志生の髪を指で梳く。
「……だからおまえも、嫌なら言え」
さて言われたところで止まってやれる自信もないのだが、その口先に安堵を見せた志生に笑いかけて、和司は深くくちづけた。
何度も重ねて、互いの息継ぎのタイミングもわかるほどに慣れたキス。
くちびるを離れ、耳朶を食み、首筋をなぞるように舌を這わせると、志生の喉仏が上下して熱い呼吸を気道に流す。
鎖骨、胸、脇腹、鳩尾。ゆっくりと隈無く探った舌が臍を抉り、更に下へずれていくのに、眼前の薄い腹筋が緊張した。
「や……、そんなの、しなくていい」
反り返った興奮をひたりと舐めた瞬間、頭を起こした志生が和司の額をぐっと押さえて制止する。けれど興奮は正直に一回り膨張し、遠慮がちな志生の本音を明かしてしまう。
「俺がしたくてしてる」
だから止めてくれるなと額を押さえる志生の手首を掴んで放ると、和司は躊躇いなくその先端から中ほどまでを口腔に含んだ。
「……っ、宮……!」
びく、と体を震わせた志生は、浮かせていた頭を枕に落とす。弾けそうな情欲をこらえるのに必死なのか、その呼気は荒い。
かわいい、と思ってしまったら愛する行いの手加減が難しくなった。
竿を左手と口とで丹念に愛撫しながら、右手でゆるゆると双球を揉む。そうしながら指先を、その下で清楚に口をつぐんでいる窄まりに押し当ててみると、きゅうっとその襞が引き絞られた。
「あ……、うそ、まじで挿れるの……」
今まで他人に暴かれたことのない場所に触れられて動揺した志生の上から、いったん和司は体を起こす。
「うん。いきなり突っ込んだりしねえから、心配せずに寝とけ」
平然と言って、和司はベッド下の収納からゴムと潤滑ゼリーを取り出した。
つき合い始めてすぐに購入していたのだが、色々行き違いがあってこれまで出番がなく眠っていたものだ。そんなものをいそいそと準備するほどには志生とのつき合いに期待をしていた和司なのに、挿れたくないとの誤解で無駄に足踏みしていたと思うといっそうもどかしい。
とろりと指先にゼリーを纏わせて、中指一本のほんの先端を、志生の後孔にそっと埋め込んでみる。とたんに襞は強く絞めつけてきたけれど、思っていたほどの抵抗はなく、第一関節までが飲み込まれた。
「大丈夫か? 痛い?」
声をかけると、肌掛けを両腕でめいっぱい抱いた志生は、荒い息に胸を上下させながら小刻みに首を振る。
「だ、大丈夫。意外と痛くない」
意外ということは実際は痛い目に遭うのを覚悟していたのかと、そんなつもりはなかった和司は苦笑してしまう。
「そんなに緊張するなよ。痛い思いさせたいわけじゃねえし」
十分に潤った指を、少し回転させるようにして、ゆっくりと先に進める。時間をかけて、ようやく第二関節まで。
体を固くしたままの志生の緊張を解そうと、聞こえる左耳に和司は顔を寄せた。
「……ネット情報だけど、中で気持ち良くなるのって、初めてだとけっこう慣れるまでかかるらしい。何回か回数重ねて、感覚を開発しなきゃいけないとかって」
そのネット情報で知った前立腺の位置を探るように、そっと指先で志生の腹側を撫でてみる。
「それまで、おまえはあんまり良くないのにつき合わすの悪いなとか思ってんだけど」
あったかくて狭くてぬめった、志生の中。そこに入りたい欲求を、志生の開発が完了するまで堪えることは、とてもじゃないが無理そうだ。
その内側をすりすりと撫でていたところ、不意に、志生の抱く肌掛けの中に「あっ」という迂闊に甘い声がくぐもった。ちょうど和司の指先が、やわい粘膜の奥に、ほんのりと丸いしこりを探り当てたときだ。
「……? ……。……ここ?」
「っ……!」
声は堪えた志生だったが、全身が震えて腰が浮き、和司の指を含んだ襞が一気に収縮する。その反応により、その場所で志生が性感を得ていることが露見した。
「そーか。ここか」
にやりと笑って、和司は再度その場所を丁寧にさする。その動きに呼応するように、志生は腰を震わせ、抜き差しを繰り返す和司の指を食い絞める。
「あ……、あ、や、……やだ、ぁ」
呼吸を乱し、やがて堪えきれないように艶めいた喘ぎを漏らし始めた志生は、けれど急に拒むように体を逃がして顔を完全に肌掛けに隠してしまった。
「……葉月?」
「ちが……ちがうぅ……」
かぶりを振って否定するその声が涙に震えて、慌てて和司は指を抜き出した。
「悪い、大丈夫か」
「……」
「痛かった?」
気遣う問いに、顔を隠したまま志生は首を横に振る。
「……なんで……」
耳を寄せないと聞き取れないほど、布団越しの声はか細い。
「ん?」
「なんで? ちがうのに……俺ほんとに初めてなのに……」
困惑した様子の志生は、「初めては時間かかるはずなのに」「最初は良くないはずなのに」と言い訳を重ねるように一人でボソボソと呟いて、半べその目元を肌掛けからこっそりと覗かせた。
「なんで俺、中で気持ちいいの……?」
その瞬間、和司の頭の中で理性の緒が盛大に音を立ててぶつりとちぎれた。
「おまえほんと、……ほんっと、何なのそれ」
狙っているのか本気の天然なのか、恐らく後者なのだろうが、和司が必死で抑制している欲情を煽るには十分で、もう何を言われても退かないと決めて、和司は志生の腕から肌掛けを取り払った。
「あっ、布団」
「いらん。俺の背中にでもつかまっとけ」
志生の腰を左腕で抱いて、また右手を後ろに這わせる。今度は二本を、やや強引に中へ。
その指の間を広げながら中を刺激すると、志生は上ずった嬌声を漏らし、せつなげに腰を揺らし始めた。
「あ……、あっ、……んぅ、やだ……こえ出る……」
甘い声を押し止めようとする邪魔な腕を押さえつけて、解れてきた孔に三本目の指を差し入れる。
「何がやなんだよ。めちゃくちゃかわいいわ」
恋人にかわいいなんて、思っても言葉にするたちではないはずなのに、らしくない台詞が自分の口から飛び出たことに和司は自分で驚いた。
でも目の前の志生は前言を撤回できないほどにかわいくて、その語彙への照れを隠すように、志生のくちびるを強く塞ぐ。
早く、この無垢な体に自分の存在を刻み付けてしまいたい。
そんな焦燥を抑えに抑えて、三本の指がスムーズに出入りできるようになったことをしっかり確認してから、和司はその指を引き抜いた。
「あ……宮村ぁ……」
期待を湛えて濡れた瞳が、和司を見上げる。応えるように、和司は猛った自身に手早くゴムを装着し、ぬる、と先端を入り口に擦り付けた。
「挿れるぞ」
宣言して、返事も待てずに腰を進める。
「……う……」
一瞬苦しそうに呻いて息を詰めた志生だったが、じりじりと奥に進む和司の動きを促すように腰をくねらせ、内壁を擦り上げられる感覚に熱い息を吐いた。
中が、溶けるみたいに柔らかくて、でも締め付けはひどくきつくて、まるで喰われているようだ。熱くて、たまらなく気持ちいい。
動きたくてどうしようもなくなって、童貞でもないのに、まだ全部入りきる前から和司は律動を始めた。
「あっ!? あ、あんっ、あぁっ!」
浅い、先ほど指で捏ねられて感じやすくなった箇所を太い雁首に抉られて、突き上げる度に志生の口から濡れた悲鳴が上がる。
かわいい。愛しい。こんな志生は自分以外の誰も知らないという。
満たされていく幼稚な独占欲。
十年前から、和司はこんな風に志生に触れたかったのだ。
「……っ、はぁ……」
一度動きを止め、汗の浮いた額に張り付く前髪を掻き上げて息をつく。行きつ戻りつしながら志生の中を穿った刀身は、もうすっかり全てがその鞘に収まっていた。
その収まりを確かめるように自身の下腹を撫でた志生が、不意に、堰を切ったように涙を溢れさせた。
「宮村、が、入ってる……」
うそみたい、と呟いて、志生は両の手を瞼に押し当てて涙を拭う。
子どもっぽいその仕草は、これまで志生が我慢して諦めてきたことの反動のように見えて、やるせなく和司は志生の頬に触れた。
本当に、なんて無駄な誤解をお互いにしてしまっていたんだろう。
「葉月」
もうこんな行き違いは御免だと、和司は敢えて、補聴器の外された志生の右耳にくちびるを寄せた。和司の伸びた髪が頬にかかって、くすぐったい、と志生が小さく笑う。
「好きだ」
静かな室内にはっきり響く声量の告白は、今度こそ確かに、志生に届く。
泣き笑いで頷く志生は、続きを求めるように和司の背中に腕を回した。