secret color -17-


 ぎゅう、と抱き締められて、広い背に腕を回してみて、ふと志生は和司とハグをするのが初めてなことに気がついた。何度もキスはしていたのに。
 厚い胸と、その重み、熱を、初めて腕の中に感じて、気持ちが通じ合ったことを実感する。
 しがみついて、肩口ですんと鼻を鳴らすと、志生を抱いた和司がぴくりと身じろいだ。
「悪い、風呂まだだから……汗臭いか?」
 気まずそうな問いに首を横に振って、少し離れた和司に再度しがみつく。
「ううん。なんか、美味しい匂いする。コンソメスープ? みたいな」
「あぁ、今日の日替わりパスタのセットに出してたからか」
「美味しい匂いってなんか安心する。幸せな匂いっていうか」
「そうか」
 ふ、と笑った和司にまたキスをされて、背を支えてソファーに横たえられた。さっき無理矢理押し倒されたのとはまるで違う丁重な扱いに、心臓がそわそわと拍動を上げる。
 そんな志生の前髪を指の背で撫でて、白い額にくちづけながら、和司は少し遠い目をして囁いた。
「……俺……美術準備室でおまえと吉澤が二人でいるとこ見てから、実は吉澤のこと、ずっと敵視してんだ」
「……敵視?」
「ん。敵視ってか、……嫉妬、かな。ガキみてえだけど」
 ほつれた糸が長く伸びたパジャマの胸元を申し訳なさそうな手つきで開いて、残ったボタンを外していく。はだけさせるように肩のラインを指でなぞりながら、和司は志生の首筋を吸った。
「おまえが、吉澤とどこまで、どんなことしてんのかとか」
「……っ、ふ……」
「吉澤以外にも、この十年で、誰とどんなふうに過ごしたのかとか」
 囁きながら、和司が鎖骨に当てた歯をゆるゆると滑らせてくる感覚に、くすぐったさだけではないものが込み上げて、志生は熱い息を吐いた。
「宮村……」
「他の男がおまえにしたこと、全部上書きしてやりたい」
「んっ……!」
 ちりっと、和司のくちびるが肌に小さな痛みを生んで、志生は一瞬びくっと身を震わせた。
「……ん、わりぃ。痛かった?」
 首元から顔を上げた和司が、濃い紅色の皮下出血を指で撫でる。その痕を見下ろす瞳に滴るような情愛が滲んでいるのを、志生は驚きとともに目の当たりにした。
 正直なところ、他の女性と婚約までしていた和司が男の自分をどれほど想っているものかと、その重みを疑う部分はあった。でもどうやら、和司は本当に、独占欲を持つ程度に志生のことを好きでいてくれているらしい。
 それがわかって、志生の中にももう一段深い安堵が生まれる。
「……先生以外、誰とも何もしたことない。卒業してからずっと、宮村だけ好きだった」
 呟くように明かすと、和司が細めていた目を大きく開いた。
「先生とも、最後まではしてない。キスとか、触ったりとか、だけで……い、挿れてない、誰も」
 そんな自分の経験のなさや未熟さは誇れたものではなくて、口に出すのはひどく憚られたけれど。志生の過去を気にかけてくれた和司に嘘はつきたくなくて、志生はありのままの事実を話した。
 それを聞いた和司は、力の抜けた表情で長く息をつく。
「……まじか」
「な、何かまずかった?」
「いや。……経験ないって聞いて喜ぶとか、処女厨みてえで我ながら情けねえなと思って」
 長い髪をがしがしと掻きむしって、眉間をきつく寄せて再度ついたため息は重く深い。
「でも……だったらなおさら、さっき俺まじで酷いこと言ったよな。ごめんな、怖かったろ」
 懺悔して、和司はボタンの取れたパジャマの襟元に触れる。
「絶対、大事にするから」
 宣言され、じわっと涙腺を緩ませながら志生は微笑んだ。
「……上書き、してくれるんだろ」
 おどけて言ったくちびるに、キスが降る。触れて、啄むようにとじ目をほどいて、歯列をくぐって深まっていく。
 今日は準備がないので、最後までしないと和司は言った。その上で、互いの肌に触れ合いたくて、二人は着衣の全てを解いた。
 何度もキスをして、隙間なく抱き合うと互いの腿に相手の興奮が触れる。向き合って横たわり、腕枕をする和司の腕に抱き寄せられ、触れ合った二人分の興奮を志生は両手で包んでみた。
「……っ」
 二人同時に、息を詰める。感じやすい先端の裏側が擦れて、直接的で強い快感がぞくぞくと腰に響いた。
「う……、やばいな、これ」
「ん、ごめん……すぐイきそ……」
 たどたどしい手つきで上下する志生の両手を、その上から和司の片手が強く握る。その状態で腰を使われて、ずりずりと摩擦された二人の先端からから溢れる腺液で、志生の手の内がどんどん濡れてくる。そのぬめりで摩擦はより円滑になり、快感は一層増幅されていく。
「あっ、ダメ、そんなにしたら……」
「イきそう? イけよ。まだいっぱいしてやるから」
 低い声が吐息と共に左耳に注がれて、ぞわっと総毛立った背中がしなり、志生も擦り付ける腰の動きが止められなくなる。
「はぁっ、はぁっ、……っあ、ん、んんっ……!」
 びくびくっ、と下腹が震えて、びゅ、びゅ、と先端が吐いた精で手の中がぬるく浸っていく。そこにさらに突き上げる動きで上下した和司が、ぐっと動きを止め、同様に志生の手の中に射精した。
「……ぅあ、すげ……」
 互いに同居生活の中では自己処理もままならなかったのか、二人分の精液は思いがけない量で、二人の手から溢れた粘液がどろどろとタオルケットを濡らす。
 開き直ったように和司は濡れた手をタオルケットで拭い、体を起こしてそれを志生の下に敷いた。
「後で俺がちゃんと洗濯すっから」
 そう言って仰向けにした志生の両脚をまとめて抱え、閉じた股の付け根に、和司は自身の性器を差し入れた。
「!? み、宮村、これって……」
(いわゆる素股ってやつ!?)
 動揺している志生の両脚を交差させて右肩に掛けて、和司は志生の腰を掴んだ。
「ちょっと内腿締められるか」
 言われるままに膝に力を入れると、和司は少し引いた腰を、勢いよく叩きつけてきた。
「!」
 まだ濡れた性器の裏がまた擦れて、一度射精して萎えていた志生の性器が再び芯を持つ。そのまま繰り返されるピストンに、二人の性器が擦れ、志生の腿が濡れてくちゅくちゅと卑猥な音が立つ。
(こ、これ、ほんとにしてるみたいだ……)
 志生の腰を掴んで、覆い被さって何度も腰を打ち付けてくる、その体勢がもう完全にセックスで。初めてのことに狼狽えながら、けれど志生は妙に冷静に周りが見えていた。
 和司の肩越しに見えている天井の電気。消す余裕がなくて、そういえば煌々と明るいままだ。自分の裸体が全部丸見えなのが恥ずかしいけれど、代わりに和司の姿もよく見える。
 志生を捕らえた太い腕。逞しい体躯。額に汗を浮かべて、堪えるように目を眇めているのが気持ち良さそう。
 よかった。本当によかった。好きな人と、抱き合うことができて。
「……なんか、考え事してる?」
 不意に和司が動きを止め、不機嫌そうに問うてきた。
「俺のことだけ考えてろよ」
 肩から志生の脚を下ろし、身を屈めて志生の乳首を舐めてくる。その刺激に、また志生の意識は快感を追うことだけに引き戻されてしまう。
「……っ、宮村のことしか、考えてないよ……」
 嘘じゃないのに、和司の舌は執拗に志生の胸を責め、その独占欲を隠そうとしない姿に不覚にもときめいてしまった。
 しかし間もなく、そんなよそ見をする余裕はなくされてしまう。
 強い快感に半分浮かされたような状態で突き上げられながら、嬉しくて涙が出た。
 諦めていた恋が成就したことを、ここでやっと理解できた気がした。