駅前で待ち合わせた三好は、いつもと変わらない飄々とした笑顔で、車止めに座っていた來架に片手を上げた。
「やあ、コージくん。久しぶりだね」
要するにそれは、來架がしばらく瀬野に触れられていなかったということだ。
「……うん」
「もうこのまま呼ばれないのかと思ってたよ。ほんとに恋人でもできたかなって」
「……」
「……そういうわけではなさそうだね」
俯きがちな來架の顔色をうかがって、三好は軽く來架の背中を叩いて「行こうか」とホテルへの道を促す。
その道すがら、少し神妙な面持ちで三好は口を開いた。
「……実はね、今月末で出向解除になるんだ」
え、と顔を上げた來架に、三好は笑う。
「単身赴任はもう終わりで、私は妻子の元へ帰ることになります」
複雑そうな笑みに、來架は何と言えばいいかわからなくなった。
「……そう。何だっけ、子煩悩なパパキャラだっけ。男遊びやめてそんなんやれるん? バレて離婚なんかされんようにね」
ホテルの部屋のドアを開け、來架は軽口をきく。けれど内心で、意外なほどに動揺していた。
瀬野との無理のある付き合いの傍ら、三好は來架にとって精神安定剤のような存在だった。それを失うことは、今の來架にはひどく心許ない。
「そうだね、コージくんみたいな可愛い子と遊べなくなったら、私欲求不満で倒れちゃうかもしれないなぁ」
優しい腕が、來架の手を取り引き寄せて、そっと抱き締めてくる。
妻子もちの普通の男、の外面を持つ三好にとっても、内面とのバランスを取るのに來架の存在は必要だったのかもしれない。
どうしようもない別離を前に、來架はそんなことを思った。
「……三好さん」
どうせこれが最後になるなら、明かしてしまってもいいだろうかと、來架は三好の背中に腕を回した。
「今日は僕のこと、來架って呼んで」
「……ライカ?」
「僕の本名」
教えると、三好は驚いた顔で來架の顔を覗き込んでくる。
そして、慈しむように目を細め、來架の頭をぎゅっと抱き込んだ。
「……じゃあ私は今まで、誰を抱いてきたのかな」
三好の声が、微かに揺らいで聞こえた。けれどその胸に抱き込まれている來架には、三好の表情は見えない。
「僕の好きな人の、好きな人だよ」
見えない方がいいのだと、來架は思った。
――幸せになりなさいね。
一ヶ月前、最後に会った日の別れ際に、三好は來架にそう言った。
――無理言わないでよ。
肩を竦めて、來架はそう返した。
そのやり取りを思い返しては、來架は三好の言った言葉の意味を考える。
なりなさいと言われても、どうしたらいいというのか。
自分が好きになった人が、自分を好きになってくれる。そんな奇跡は、一体どこに転がっているんだろう。
コンビニの雑誌コーナーに数分立っているだけでも、何組ものカップルが來架の傍を通り過ぎていく。腕を組んでいたり、手を繋いでいたり、離れていてさえ、二人の間の空気は幸福に満ちている。
そういうものが、本当は來架だって欲しかった。
自分は幸せだから放っておけと、長田に張った虚勢などではなく。誰かの代わりではなく。
だけど、手を伸ばす度に、自分には掴めないことを思い知る。自分を想ってくれない人を想って、二度とこんな思いをしたくないと思うほど傷ついて、忘れないように後悔の証を耳に刻んで、それなのにまた性懲りもなく恋をする。
(要するに学習能力がないんだな)
名ばかりだった恋人と、優しかったセフレをいっぺんに失って、來架は泣いた。
振り切るように泣いて、それでもまだ瀬野を恋しく思う気持ちが残っているのが厭わしかった。
(……もうそろそろ、学ばないと)
腕時計を見て、約束の時間が近づいているのを確認して來架はコンビニを出る。
そのすぐ近くのファミレスに入り、ドリンクバーのコーヒーを飲みながらしばらく待っていると、待ち合わせ相手が現れた。
「……來架さん」
呼び掛けに振り仰ぎ、來架は笑みを浮かべた。
「お疲れ、瀬野」
さあ、悪足掻く心にとどめを刺そう。