シャワー音を聞きながら、どうすれば良いかわからないままベッドに座って幹を待つ。酔いはとっくに吹っ飛んでいて、酔いに任せて、などという言い訳ももう使えない。先程から誠司の心臓は早鐘を打ちまくっている。
シャワーが止み、折れ戸の開閉音がして、しばらくしてから足音もなく幹が姿を現した。いつもと同じく、サイズの大きな誠司のTシャツとジャージを着て、頭にのせたタオルで濡れ髪を拭きながら。
「電気消すね」
静かな断りが入って、常夜灯のみになった。目も合わせられない誠司の隣に、黙って腰かける。
「……しよ」
これ以上縮めようのない短い誘い文句に、誠司は頭の中身が沸騰するかと思った。幹に向き直って両肩を掴み、勢いのままベッドに押し倒す。
表情なく、透き通った両目に見上げられて、誠司は煮えた頭で言葉を探した。
「あっ、あの……」
「……うん?」
「キス、は、してもいい?」
体裁の悪さに構う余裕もなく、せめて幹のいやがることはしたくなくて、問うた誠司に幹は目を細めた。
「いいよ、きみがしたいなら」
許可を得て、さらに頬に触れてきた手のひらに促されて、誠司は頭を屈めていった。
初めて自分のくちびるで触れた他者のそれは、思ったよりは乾いていて、思った以上にやわらかくて、脳にじんと痺れが走って反射的にすぐに顔を離す。
「ごめん、気持ち悪くない?」
くちづけてみるとそれがいかに特別な行いかを実感させられて、自分が相手では不快ではなかったかと不安になって訊いた。けれどわずかに頬を紅潮させた幹に拒絶の色はなく、むしろもの足りなさそうに誠司の袖を引いてくる。
「……全然」
その仕草に理性が焼き切れて、幹の頭を掻き抱いた。強くくちづけると、幹がくちびるをほどいて中へと誘導してくれる。誘われるままに手管もなく舌を差し入れれば、たどたどしい動きにも幹がしっくりと合わせてくる。
「……っん」
上顎をそろりと舐めると、体の下で微かに喘いで幹が身じろいだ。
触れ合っている互いの下半身の真ん中で、少しずつ熱っぽい芯が立ってきているのがわかる。自分の方の変化も、たぶん幹に知られている。こんなふうに誰かと興奮を分け合う機会が訪れるなどとは、誠司は想像もしたことがなかった。
「幹さん……」
くちびるを頬から耳朶へ滑らせ、耳元で低く囁きながらTシャツの裾から手を忍ばせる。水に荒れた手のざらついた感触に、伸び上がるように喉を反らせて幹が震えた。
「せ、……」
呼び返したのだと思うが、語尾は掠れて届かない。
服をたくし上げ、淡い褐色の円に触れたとたん、幹は息をのんで体を固くした。けれど拒む様子はないので、そのまま表情を窺いながら舌でやわらかいその円を舐め上げると、恥じらった幹が自分の手で顔を隠してしまう。
それでもやわやわと舐めたり吸ったりしているうちに、ささやかな中心が粒状に立ち上がってきた。
「……これ、いや?」
顔を隠したままの幹に粒を指で捏ねながら訊くと、息を乱してかぶりを振る。
「っ……な、訊かなくていいからっ」
赤く染めた目元を吊り上げて睨まれても何も怖くはなく、やっと少し気持ちに余裕が生まれて、一度体を起こして誠司は幹のTシャツに手を掛けた。脱がせようとするのに応じて、幹は従順に首を上げる。
露になった、痩せた白い肌。初めて見るわけではないけれど、こういう意図をもって見ると何か別の神々しいもののようにも見え、一方でとてもいたわしいものにも見えた。
ジャージと下着も剥ぎ取って裸にすると、少し気恥ずかしげに幹は「きみも」と言って誠司の服を引っ張る。請われるままに誠司も服を脱いで素肌を合わせると、不思議な安心感に包まれた。
「……裸でくっつくの、気持ちいいね」
ぎゅうっと抱き締めながら呟く。腕の中で頷いて同意した幹が誠司の右手を取り、自分の口元に運んだ。そのまま口の中に、誠司の人差し指と中指を含んでしまう。
幹のやわらかい舌が、指に、指の間に、ねっとりと唾液を絡ませていく。その生々しい感触に、まるで口淫を施されたかのような錯覚を起こして、目の前が発火するようだった。
指が十分に濡れると、同様に濡れたくちびるから幹が指を抜き出す。
「挿れて」
小さな囁きに、もう誠司は抗う術など全くない。先ほど得たはずの余裕も失って、幹の左脚を折り畳んで後孔に濡れた指を這わせた。
「あ……ゆっくり、して」
性急な動きに幹の声が揺れて、指を止める。言われる通りにゆっくり差し入れようとするのだけど、隘路が潤む間もなく誠司の指は乾いていってしまう。どうしようかと迷って、苦し紛れにあらかじめ忍ばせていたものを枕元から取り出した。
「え、何?」
誠司の動きに気づいた幹が首を巡らす。
「あの、ただの白色ワセリン」
「ワセリン?」
「俺が普段あかぎれ防止に使ってるやつ。何もないよりましかと思って」
雑誌や動画では専用のローションを使っているのを目にするが、こういう事態を予定していなかった童貞宅にはそんな気の利いたものはない。こんなもので役に立つだろうかと迷っていると、少しほっとしたような顔で幹が笑った。
「よかった、それがあるならだいぶ助かる」
「そうなの?」
「あるとないとじゃ全然違うよ。今日は血を見る覚悟だったから、ありがたい」
そんな覚悟をしてくれていたのかと驚くやら情けないやらで、経験不足を恥じながら誠司は指先にたっぷりとワセリンをとった。手のひらにのせて体温で緩めてから再度幹の奥に触れると、先程とはまるで違う抵抗感で、つるりと中指の第一関節までが埋まる。
「痛い? 大丈夫?」
傷つけないよう慎重に指を進めているつもりなのに、目の前の幹の眉は辛そうに歪んで固く目を瞑っていて、ものすごく酷いことをしているような罪悪感で誠司はいたたまれなくなった。
「……ごめん、やっぱりやめよう、幹さんが可哀想だ」
体を引こうとすると、指を抜きかけた誠司を引き留めるように幹が手首を掴む。
「バカ、やめないでよ」
「でも、痛いんじゃ」
「痛いんじゃないってば! ここで止められたらその方が可哀想だろ僕が!」
叱られて、そういうものなのかと納得するしかなく、もう一度指を進めて中指の付け根までを埋めてしまうと、眉を歪めているのはさっきと同じ幹が、熱の高い吐息をついた。ようやく誠司にも、幹が苦しげに耐えているのが痛みだけではないのだと伝わる。
じわじわと抜き差しを始め、内側の容積を広げるように少しずつ指を曲げながら撹拌する。その指を包んだ襞がきゅっと食い締めてきて、ある一点を指先が掠めたタイミングで幹が強く体を震わせた。確かめるように同じ箇所を刺激すると、間歇的な喘ぎをもらしながら痙攣のような反応をする。
「ここ、いい?」
がくがくと、焦点の合わない目で誠司を見返しながら、幹は頷いた。
「いいっ……けど、ちょっと、強すぎて」
「え、ごめん」
「……ううん」
伏し目がちに、幹は上気した顔を背けた。
経験値ゼロの自分の稚拙な愛撫は、さぞまどろっこしくて物足りなくて、幹を満足させるには程遠い出来なのだろう。かといって止めるなと言われた以上はあとにも引けず、幹の反応だけを頼りに先を目指すしかない。
潜らせた指を一本増やしてしばらく慣らし、さらにもう一本増やして三本の指が完全に体内に収まるまで、誠司は時間をかけて幹を溶かした。その間に幹は頻繁に背をしならせ、弱い声を上げながら切なげに眉を寄せていた。
痛いだけではないはず。幹の中心は腹につきそうなほどに反り返り、先端からとめどなく透明な潤みを滲ませている。
先程強すぎると咎められた場所を、再度そろりと撫でると、不意をつかれたように幹はあっと大きく声をあげた。そこから呼気が荒くなり、内側がよじれるように誠司の指に絡みついてきた。
「あっ、あ、もう、無理」
訴える声が切迫して、無理を強いたかと指の動きを止めると、幹が泣きそうな顔で首を振る。
「もう、お願いだから、これ以上焦らさないで」
焦らす? と誠司はきょとんとしてしまった。そんなつもりはない。ただ幹が苦痛を感じないよう、精一杯逸りを抑えて受け入れ準備を整えていたのだ。それを焦らしと思われていたとは。
では次にどうすれば、ともたもたしていたら、幹の手が誠司の下腹に伸びてくる。
「ちょっ、幹さ……!」
「早く……誠司くん、ちょうだい」
上ずった声で懇願されて、完全に自制が吹っ飛んだ。
しごきあげるような動きをする幹の手を払いのけ、両脚を乱暴に抱え上げて、浮いた幹の腰に怒張を押し当てる。
「……っ、あぁ――!」
時間をかけて過剰なほどほぐされた場所は何の抵抗もなく幹を受け入れ、力任せに押し入った誠司は一息に幹の最奥を突いた。おののくような細い悲鳴が上がる。同時に、誠司の怒張がきつい締め付けに遭う。
狭い肉に絞られる感覚に、何度も往復して中を暴きたてる本能的な動きを止められなくなった。
「あっ、せ、誠司くっ、だめ、無理っ……!」
何度も激しく突き上げられ揺らされながら、切れ切れに訴える声は耳には入るのに、その貪られる痩身が憐れでならないのに、全く自身を制御できずに誠司はくちびるで幹の悲鳴を塞いだ。
「んんっ、んっ、ぅ……」
「……ごめん、ごめん幹さん」
早まる律動に幹の声が泣く。せめてと体の間にある幹の前を手で慰めると、その呼吸が切迫した。
「せ、せい、誠司くん、」
熱に浮かされたような表情でキスをせがまれて、くちづけながら強く大きく奥を突く。何度目かの律動で、幹の全身が固く強張った。
「……っあぁ……」
吐き出した精が、慰めていた誠司の手を濡らす。同時に、複雑に蠢いた内側に締め上げられて、誠司も動きを止めた。一瞬遅れて、ようやく幹の奥に欲を吐き出す。
よくここまでもったと思う。幹より先にいってしまうわけにはいかないと、必死に我慢しすぎて背中には汗が浮いて、全力疾走した後みたいに呼吸も乱れて頭ががんがんした。
「ごめん、中に出しちゃった……」
「ん、いいよ」
優しく笑った幹が、上がった呼吸を宥めるように背中をさすってくれる。
「全然優しくできなかった。余裕なさ過ぎて」
「大丈夫だから。気にしないで」
「次は優しくするから」
「……え?」
驚いた顔で、幹が誠司を見上げた。その上で、小さく誠司が律動を再開する。幹の奥に放ったものが粘着質な水音を立て、卑猥な潤いは誠司の動きを潤滑にさせてどんどん失ったはずの質量を取り戻させていく。
「ちょっ……え、うそだろ!?」
さっき達したばかりで、まだそこから抜き出してもいないのに、あっという間に幹の中で誠司は復活した。
「……だめ? もう無理?」
だめだと言われればすぐに撤退するつもりだった誠司のお伺いに、赤くなればいいのか青くなればいいのか顔色の判断がつきかねる様子の幹は頭を抱える。
「い、意味が分からない。若さって……」
恐ろしい、と呟いて幹は降伏した。