大樹の部屋のカーテンは緑色で、閉め切ると昼の陽光が透けて、部屋の中が草原みたいな色に染まった。
芝生の上のようなベッドに向き合って座って、悠のシャツと大樹のTシャツを、順番に脱がせ合う。
「……痛そう」
顔をしかめて、悠は分厚い大樹の肌に指を這わせた。服に隠れていたそこには、深い紺色の大きな痣が、いくつも散在している。身を挺して悠を守ってくれた、それは勲章のようにも映る。
「……実はあの後、下手に先輩を助けない方が良かったかなって、ちょっと思いました」
けれどそんなことを明かされ、大樹の勇敢さに感動したところだった悠は愕然とした。
「何だよそれ。ひっでえ」
「あっ、決して先輩が落ちれば良かったとかってことじゃなくてね。ほら、俺より先輩の方が運動神経いいじゃないですか。俺はどんくさいから落ちて大事になっちゃったけど、先輩なら華麗に受け身をとって無傷で済んだんじゃないかって」
「ああ、そういう……確かにそれは言えてるかもな」
クスクス笑っていると、手首に包帯を巻いた大樹の左手が、悠の右肩から肘までを慈しむように撫でてくる。
「……でもやっぱり、落ちたの俺で良かった。怪我したのが俺で。部活にはまるで役に立たなかったけど、体作っといた甲斐があった。頑丈さは俺の取り柄だし」
言葉通り、大樹は背が伸びただけではなく、しっかりとした筋肉をまとって立派な体格をしていた。
着痩せして見えるけれど、今はその本体が悠の目の前にある。
「……無闇に筋トレするから。弓は筋力じゃなくて骨で引くんだって、何度も教えたのに」
「そうでしたね……俺は弓を引いてるときの先輩の背中がすごく好きだった。まっすぐで、きれいで」
大樹の大きな手のひらが、じかに悠の背中に触れた。
どくんと心臓が脈打って、大樹が触れる手の下の皮膚に血液が集まっていく。
「……過去形?」
大樹の言葉をなぞった悠に、大樹は笑った。
「ううん。今は、もっと」
口角を上げたくちびるが、その形のまま悠のくちびるに触れる。深まらない、ついばむだけのキスを大樹は何度も繰り返した。
背中を支えられて、ベッドへ横たえられる。見上げる位置にいる大樹の頭の包帯が少しずれていて、悠はそこに手を伸ばした。
「……怪我してるのに、こんなことして大丈夫なのか?」
頭も打っているのだし、あまり動いては差し支えるのではないか。
心配した悠の手を取って、その手のひらにも大樹は口づけた。
「知らない。でも医者には止められてないですよ」
「そりゃわざわざ止めないだろうけど」
「止められてたとしても、止まらないですよね」
もう一度、くちびるにキスされて、今度は隙間から大樹の舌が先を窺ってくる。結んでいた歯列をほどいて受け入れると、口づけは一気に深まった。
「ん、んぅ」
同時に大樹の指に胸を探られて、思わず悠は身をよじった。
「先輩、かわいい」
反応の良さに気を良くした大樹が、片手で悠の乳首をつまみ上げ、もう一方を舌で押しつぶしながら吸い上げてくる。
急な見知らぬ刺激に、悠は焦って頤を仰け反らせた。
「あっ、やだ、俺女じゃねえよ」
「そんなのわかってますよ。でもかわいいもんはかわいいし、気持ちいいでしょ?」
指と歯で小さな粒をきゅうっと引っ張られて、淡い痛みともどかしいような感覚に、悠は高い声を上げた。
主導権が完全に大樹にあって、思うままにされているのが悔しくてたまらない。どうして大樹はこんなに落ち着いていて、しかも手慣れた感じなのか。
――まさかこの二年の間に、勝手に経験値更新したりなんかしてたんじゃ。
勝手も何も言えた義理ではないのに、相手が女だろうと男だろうと許しがたく、腹が煮えるままに悠は大樹の脇腹を蹴り上げた。
「あいたっ!」
突然の暴力に何の気構えもなかった大樹は、もんどり打って悠の隣に倒れ込んだ。その上に、すかさず悠は馬乗りになる。
「何すかもう! いってえし!」
「調子こくなよおまえ。正直に吐け、俺以外何人とやった?」
「はあ!? 今訊きますそれ?」
「訊かれて都合悪いのか!?」
「……んもー、せっかく人が精一杯ムード作ろうとしてんのに、この人は」
呆れた顔で「はい降りて降りて」と悠を退かせ、もう一度正面に座り直してから、大樹は一つ息をついて悠の手を握った。
「正直に言えと言うなら言いましょう。誓って俺はあなただけです。何かあなたがよそでの経験を疑うようなテクなり何なりを俺から感じたのだとしたら、それは俺が今まで観てきたAVと、唯一あなたがくれた経験とやらを元に想像の中であなたとやりまくった自家発電の賜物です! 何なら俺のズリネタ全部あなたですから!!」
「わーーー! 何言ってんだおまえ!」
赤裸々な告白は聞くに耐えず、真っ赤になって耳を塞ごうとした悠の両手を大樹はがっちりとホールドした。
「言わせといて照れてんじゃねえぞ、このヤキモチ焼き! 知らねえっつって二年も放ったらかしといて自分だけ見てろなんて、どんな俺様だよ」
腹に据えかねたのか言葉も雑になって、けれど悠を見つめる視線はこの上もなく甘い。
「……たまんねえわ。俺、それでも先輩しか好きじゃないんだもん」
そう言って悠の手を引き、キスをねだる大樹は昔の幼犬のような雰囲気を残していて、悠は引かれるままに顔を寄せていくしかなくなってしまう。
「ずるい……」
「どっちが」
くちびるを触れ合わせたまま大樹が笑って、ベッドに押し倒された。
「頼むからもう、最後まで蹴らないでね先輩」
不敵に笑う大樹にもはや何も言い返せず、悠はおとなしく枕に頭を落とす。
下着ごとジーンズを抜き取られて、同様に着衣を脱いだ大樹と隙間なく肌を合わせると、えもいわれぬ安心感に泣きたくなった。
「先輩……怖い?」
実際とはまるで正反対の問いに、悠は首を振る。
「怖かったら言って。俺、あのとき全然先輩のこと気遣う余裕なくて、痛い思いさせたよね。それだけ、すごい後悔してた」
「そんなの……気にしなくていいのに」
「これからは、優しくしたい」
首筋にキスしながら下半身を窺われて、悠はきゅっと目を瞑った。
まだ萎えたそれを大樹の大きな手が包み、壊れ物を扱うようにそっと上下を始める。その中で、直情に充血した欲望がくっきりとした輪郭を顕した。
「あ……や、やだ」
「やだ? 恥ずかしい?」
「うん……」
「そんなの俺もだよ」
はにかんで、大樹は手の中の悠に、既に臨戦態勢になった自身を重ねてきた。二人分の屹立を擦り合わせるように、大樹の手が強く握り込む。
「うっ……!」
「はぁ……やばいねこれ、すげえ気持ちいい」
どちらのものかわからない先走りに大樹の手が濡れて、滑りのよくなった摩擦にくちゅくちゅと淫らな音が立つ。
その音も、自分の荒い呼吸も、よがっている顔を至近距離で見られているのも、恥ずかしくてたまらなくて悠は大樹の首にしがみついた。
「大……樹、も、出そう。離して」
「後ろ、触ってもいい?」
「ん……。中、いれて……」
「……うわ、録音してえ」
大樹の喉元で、生唾を飲み込む音がした。彼の興奮も実感できて、悠は嬉しくなってしまう。
それでも、ローションにぬかるんだ大樹の指が体内に潜り込んでくると、違和感に眉を顰めて息を詰めた。
「……先輩は、俺以外としたことある?」
呑気な声で訊かれて、悠は詰めていた息を吐いた。
「は!? ないし、そんなの……っ!」
その呼吸で緩んだ隙を衝くように、長い指に奥へ進まれてまた悠は息を乱す。
「じゃあ、誰かにここ触られるのも初めて? 前のとき、俺触ってないし」
「は、初めて、……っあ、あぁ」
「そうなんだ? 先輩の中、あったかくて狭い……けどちゃんとやわらかいね。自分で指入れたりしてた?」
「んなこと訊くなっ……あっ、やあっ!」
質問に答えるタイミングを狙いすますように内側で指を曲げて中を探られ、抑えられない喘ぎに悠は惑って手の甲を噛んだ。
「んんっ……、意地悪ばっかすんなバカ……」
前立腺を刺激する指をきつく締め付けながら、震える声で訴える涙目の悠を大樹はぎゅっと抱きしめる。
「あー、マジでたまんない、先輩かわいいっ。ここ気持ちいいの?」
「黙れって!」
「はぁい」
おとなしく返事はするけれど、黙る代わりに大樹はくちびるで悠の乳首をついばみ、舌でねっとりとなめ回してくる。同時に後ろに含ませた指を二本に増やし、その指の間にローションを注ぎ足して奥へと塗り込めていく。
大樹が指を抜き差しするたび、十分に潤ったそこがくぷくぷと音を立て、淫猥な蠕動が大樹の指を奥へ誘い込むように咥え込む。さらには腰が無自覚に揺れていた。
「……っ~~!」
その事実に気づくと羞恥で死ねそうで、真っ赤な顔を両手で覆い隠したとたん、大樹が急に体を起こして悠の両脚を抱えた。
「っごめん先輩、俺もう限界……!」
入らせて、と懇願したかと思うと、熱く滾ったものを後孔に押し当ててきた。
そのままの勢いで突き入れてくるかと、悠は一瞬痛みを覚悟して体を固くしたが、大樹は逸らずゆっくりと腰を進めてくる。
「あ……すごい……」
「あっ、あー……」
じわじわと内壁を押し広げる圧は感じながら、けれど悠自身の蠕動が大樹を迎え入れて、痛みなく大樹は悠のなかに収まっていく。
そのぴったりとした接合が、二人に信じられないほどの多幸感をもたらした。
「先輩、好きだ……」
「ん、俺も、好き……」
ほとんど無意識に呟いて抱き合って、キスを交わす。
繋がったところから二人の全細胞が溶けて混ざってひとつになるような、そんな感覚の中で、悠はとろりと涙をこぼした。
「ずっと、おまえとこうしたかった」
その涙を、大樹の指が拭う。
「俺だって。このときのために、俺がどんだけがんばったか……」
「赤点補習、常連だったよな……特に英語。努力は認める……」
「お願い忘れて。……動くよ」
「ん……」
ゆっくりと律動を開始した大樹に内側を開拓されながら、幸せな圧迫感の中で、悠は強く大樹の手を握った。