予言のはなし


 糸井が非常に言い出しにくそうに話があると改まった声を聞かせたのは、二人が同棲を始めて半月ほどが経った頃だった。
 日曜の夕食後、風呂に入ってゆっくりと夜の時間を満喫しようと考えていた糸川は、神妙な面持ちの糸井の様子に背筋を伸ばす。
 半月の間に何か粗相をしただろうか。一緒に住んでみたら思ってたのと違ったとか、そういうクレームだろうか。
 何を言われるにせよ、共に生きていく上では擦り合わせていくしかない、九割譲歩するくらいが肝要だと、居住まいを正した糸川に頬を赤らめて糸井は懇願した。
「頻度を、下げてもらえませんか」
 はて頻度とは何のことか、と怪訝に眉を寄せた糸川に糸井が説明したのは、要するに夜の営みのことだった。
 同棲前は基本的に週末だけ会っていた二人には、主に金曜の夜から日曜の夕方までの間にしか性交の機会がなかった。盛り上がるとその間にかなりの回数いたしていたりもしたが、まあプラスアルファを除くと、ベースは金曜夜と土曜夜の二回である。
 ところが同棲を始めると、家に帰れば毎日糸井がいる。糸井のいない夜がない。
 糸川は自制の利く理性的な人間ではあるが、体力はあるし性欲も弱い方ではない。事が始まれば決して早漏ではないし、可能な回数で言えば絶倫の部類に入る。そして大前提として糸井のことが大好きである。逆もまた然りなので、糸川の求めを糸井が断ることもない。
 そんなこんなでこの半月、二人は毎晩睦み合っていた。一ラウンドで終わらない日も多々あり、なんというか、新婚期の猿化状態である。
「……実のところ、仕事に支障が出てきておりまして」
 誰に対してだか申し訳なさそうに、糸井は白状する。
 平日の日中、糸井は眠気のあまり、時々寝落ちしてしまうのだそうだ。フリーランスのため仕事部屋には一人で、監視の目もない。叱る上司も同僚もいないので、寝入ってしまえばそのままとなる。
 仕事が遅れるだけならばまだいい。労使協定も存在しないのだから業務時間を延ばせば良いだけだ。しかし先日糸井は、クライアントとのウェブ会議に盛大な遅刻をかましてしまった。
 なかなか入室しない糸川を案じて、相手方が何度かチャットを送ってくれたお陰で、その通知音で起きることができた。そしてそのクライアントがとても温厚な人で、つき合いも長かったのが不幸中の幸いだった。遅刻の理由を問われることもなく、その日の会議は恙無く終えることができた。
 しかし真面目な糸井にとってそのやらかしは衝撃的で、深刻に猛省した上で、糸川への要請に至ったというわけだ。
「……なるほど」
 糸川は納得した。体力のある糸川ですら、ここ最近は夜更かしと過度な運動が祟って日中の眠気が強い。さぞ糸井は寝不足でつらかったことだろう。
「わかった。最後までするのは翌日が休みの日だけにしよう」
 物わかり良く応じた糸川に、糸井は安堵の笑みを見せた。その傍に、糸川はにじり寄る。
「ごめんね、配慮が足りてなくて」
「あ、いえ、そんな」
「念のため訊くけど、嫌なわけでは……?」
「あ、ないです、ないです、それは」
「よかった。じゃあ、挿れなかったら、触る分には……?」
「あー、えと、大丈夫です」
 その答えを聞いて、糸川は内心でガッツポーズした。
「うん、わかった」
 言質をとった。休前日以外も、挿れなければ触っても良いと糸井は言った。
 それを受けて糸川の中で今後一週間の計画が巡る。
「じゃあ、今夜はゆっくりお話でもしながら寝ようか」
 にこ、と笑う糸川に糸井は笑い返した。

 今夜、糸川は糸井と静かにたくさん会話をする。
 月曜は、軽いキスとハグを。
 火曜は、少し深いキスを。
 水曜は、深いキスをたくさん。
 木曜は、互いの身体中に触れ合って。
 ……そう、糸川の計画とはポリネシアンセックス。これまでの頻度に慣れた糸井の体は、きっと金曜には身も世もなく糸川を求めるだろう。

 これは予言です。
 週末、糸井くんは際限なく欲しがって、結果的にめいっぱい抱き潰されることになるでしょう。


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