「もしもし、起きてた?」
「起きてましたよ。お風呂上がったところです」
「そっか、僕も早くお風呂入っちゃわないと」
「糸川さん、今帰ったところですか?」
「うん。今日はなかなか帰れなくてね」
「赴任早々大変だぁ。お疲れ様です」
「ふふ、ありがと。まだ荷解きも終わってなくてさぁ。糸井くんが来てくれるまでには、ちゃんと片付けとくからね」
「段ボールだらけの散らかった糸川さんちってのも見てみたいですけどね。そのへん隙がないんだもん」
「違うんだって。僕は元々ものすごいズボラだから、一回崩れると本当にどこまでも行っちゃうんだよ」
「えぇー、ほんとですか?」
「……本当にあった怖い話を教えてあげようか」
「?」
「僕が大学で実家を出た当初、住んでた一人暮らしの部屋はまあそれなりに散らかってはいたけど、人間の居住スペースとしての体裁は保っていました」
「ふはっ、言い方」
「でもゼミ配属から卒研まで、学校に泊まり込むことも増えて家には寝に帰るだけみたいになっていって……」
「え、なに、怖い」
「いつの間にか部屋は立派な汚部屋に……」
「うそっ。想像つかない」
「Gの一匹や二匹は普通に潜んでいたであろうその部屋にある日……」
「えー、やだ怖い怖い」
「サプライズで合鍵使って乗り込んできた実の姉……」
「!」
「人生でこんなに人に怒られたことはないってくらい怒られた僕は、姉の命令でバイト代をはたいて清掃業者に入ってもらう事態になり……」
「っ……!」
「それ以来、寝食差し置いても部屋の片付けだけはきちんとするようになったのでした」
「本当にあった怖い話……」
「怖かったでしょ?」
「主にお姉さんがでしょ?」
「本当に怖いんだって。まあいずれ紹介するよ。糸井くんにいきなり噛みついたりはしないだろうから安心して」
「……うん」
「でも今日はもう片付ける気力ないなー。晩ご飯、パスタで済まそうかな」
「また冷凍庫に敷き詰めてるんですか?」
「半分くらいだよぅ。少しは自炊しようかなと思ってたけど、残念ながらそれは断念だなぁ」
「自炊は無理しなくていいと思うけど、ちゃんと食べるのは食べてくださいね。体壊さないようにだけ気を付けてほしいです」
「うん……ありがと。あー、糸井くんのご飯が恋しいよ……今度来たときなんか作ってくれる?」
「俺の料理でいいなら作りますよ。何が食べたいですか?」
「ミネストローネ……糸井くんのミネストローネが三日食べたい」
「ふふ。じゃあじゃがいも抜いてきのこ入れて、冷凍できるようにしときましょうか。味を変えてチャウダーも作っておきましょう」
「やったー! 楽しみだなぁ。あったかいご飯」
「作り甲斐があるなぁ」
「今夜はねぇ、大阪は冷え込んでて寒いんだよ」
「……そうなんだ」
「お風呂上がりの糸井くんの手は、あったかそうだね?」
「……」
「……ぎゅって、したいねぇ」
「……もうちょっとですよ」
「うん……だね。でも待ってる一週間ってさ、長いよね」
「そうですね……」
「……だめだな、僕。糸井くんの声聞くと弱くなる。聞きたくて電話したのに」
「……弱くなるのは、だめなことですか?」
「え?」
「俺は嬉しいですけど。俺の前で糸川さんが弱くなってくれるの」
「……」
「糸川さんが弱ってるとこ、俺あんまり見たことないですけど。見せてもいいって、思ってくれてるってことですよね?」
「うん……うん、そうだね。そうだ」
「弱いとこのない人なんていないと思うけど、それを普段見せない人なら、出せる場所は限られてるってことなのかなって。その限られた場所が俺の前なら、すごく嬉しいです」
「うん……」
「……って、俺は糸川さんに弱いとこ見せてばっかですけどね。すいません。なんか情けないな」
「そんなことないよ」
「いやいや……」
「……糸井くん」
「はい?」
「好きだよ」
「……うん。俺も。好きです」
「……ふふっ」
「へへ……」
「なんか照れるね」
「ですね」
「やっぱり早く会いたいなぁ」
「うん」
「これから毎日カウントダウンだな」
「よけいに長く感じちゃいません?」
「いやもう、そうやってテンション上げてかないとやってらんないでしょ」
「そっか、テンション上げてく……。や、でもそれ、会う頃にはおかしなことになってません?」
「生き別れの兄弟のウン十年ぶりかの再会レベルね」
「やっぱりテンションおかしいじゃないですか」
「いいんだよ、新幹線のホームにはドラマが付き物だよ」
「改札の外でいいですってば」
「えー、急に塩なんだから」
「ははは」
「……さて。ごめんね、夜遅くに話し込んじゃって」
「いえ、そんな」
「あったかくして寝てね。湯冷めしないようにね」
「糸川さんも、ちゃんとご飯食べてお風呂入って、早く休んでくださいね」
「うん、ありがとね。じゃあ、またね」
「はい、また」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
<END>