縋るもの -01-


 制服のポケットで携帯が振動して、春樹は伏せていた瞼を上げた。
 ポケットをズボンの上から押さえ、その振動が5回で止まり、メールの受信だったことを確認する。
 握っていたシャープペンをノートの上に置き、そっと携帯を取り出して折り畳まれたそれを開いた。返信はしない。図書館に隣接する自習室では、話し声はおろか、ボタンを押して文章を打ち込む音すら憚られるからだ。
 時計の表示を見ると、17時32分。この時間帯に入ってくるメールの相手は、ほぼ決まっている。
 メールを開けば、思った通りの相手に思った通りの内容。再び目を伏せ、ため息をついて春樹は机に広げた教科書とノートを片付け始めた。
「はる」
 こっそりと、隣の机で一緒に勉強していた級友が春樹の袖を引いた。その級友の示すノートの端には、『帰る?』の文字。それに頷いて、勉強道具を鞄にしまった。
「バイバイ」
 小さく囁いて、軽く手を振り、春樹は自習室を出た。

今から家に来い

 それは、もう決まり文句になっていた。春樹の携帯には、その短い文章が打ち込まれた受信メールがいったい何通入っていることだろう。
 決まって5時半頃に。送信者は『成田健二』。内容はいつも同じ。
 そして春樹はそのメールが来れば、何をしていてもそれを中断して、健二の家へ向かう。
 断ろうと思えば可能なのに、春樹はそれをしない。
 自分が断ればその『代わり』はいくらでもいることを、春樹は知っていた。

 健二の家の前で一呼吸置き、その豪邸を守る立派な門に設えられたインターホンを押す。すると中からの返事も何もなく、門は開錠され、家の中へと春樹を招き入れる。
 そして春樹ももう勝手知ったるとばかりに無言で上がり込み、健二の部屋のある二階へと上がる。
 その前に見た、玄関に転がる見覚えのない数組の靴に、春樹は一抹のいやな予感を覚えた。
「…来たよ」
 ノックはせずに部屋の中へ声をかけると、「入れ」という横柄な声。それに従って入室すると、入って左のベッドの上に健二が、右の床に見知らぬ少年が2人座っていた。
「来いよ」
 2人の少年の好奇の視線を受けながら、春樹はベッドへと寄る。すると、何かのきっかけを得たように少年たちが大声で笑いを上げ始めた。
「マジかよ! マジで男!?」
「できんのソレ!?」
 ぎゃはは、と下品な声を上げ続ける少年たちの手元を見やると、空の錠剤の包みと灰皿が無造作に置かれていた。やはり、という思いが込み上げる。
「できるんだって。しかもすっげぇいい感じよ」
 一緒になって笑いながら、健二が春樹の手首を掴み、ベッドへ引き倒した。
「やってみたかったらやらしてやんぜ?」
 抵抗しない春樹を抑え込み、健二は春樹の衣服を剥ぎ取り始める。
「えー? 気持ち悪ィよ、男なんて」
「そいつもいーの、健二以外の男もOKなの?」
「いーんだよ、前も試したいって奴にやらしてやったもんな。な、春樹、お前もよかったろ?」
 あっという間に丸裸にされた春樹は、黙ってベッドに横たわったまま、じっと健二の顔だけを見据えた。
「うーわー、やだよ、やっぱ男だよ」
「チンチンついてるー、萎えるー」
 興味津々でベッドを覗き込んできた少年たちは、またげらげらと笑い出す。
 その目の前で健二は自分のズボンの前立てを開き、春樹の口元へ寄せた。
「男だけどけっこうこいついいサービス覚えてんだぜ。ま、俺が覚えさせたんだけどなー。こいつが来なかったらこないだのヤク漬けの女呼んでもよかったけど…おら、くわえろよ」
 口元に半ば勃ち上がったそれを押し付けられ、春樹はおとなしく口を開き、先端を舌でやわらかく包んでみせた。それを見て、少年たちがおぉっと囃し立てる。
「上手くなったなぁ、春樹」
 満足げに目を細めながら、健二の手が優しく春樹の頭を撫でる。
 無心で健二に奉仕を続けると、傍で見ていた少年たちがふと静かになり、それぞれに自分のズボンの前を寛げ始めた。
 もういい、と額を押され、春樹は窄めていた口を開く。そして屹立したものを糸を引きながら解放すると、少年たちは濡れて赤く光る春樹のくちびるに釘付けになったまま、股間で右手をせわしなく上下させた。
「ご褒美やらねーとな」
 春樹の上に跨った健二もまた、欲情に瞳を潤ませて舌なめずりし、頭をかがめて春樹の胸の突起を口に含んだ。その一方で、力なく横たわる春樹のものを掴んでゆっくりとさすり始める。
「ん…あ……」
 施される行為に快感がないわけではなかったが、その声は明らかに春樹のリップサービスで。けれど耳を打つ淫靡な喘ぎに、少年たちはいよいよ鼻息を荒げた。
 そうして健二は春樹の股間に這わせた指を後ろへと移動させ、慎ましく閉じた菊花をこじ開けにかかる。潤いのない指が、きつい抵抗をほぐしながら少しずつ中へ埋め込まれる、その様を少年たちが食い入るように見つめているのを春樹は感じた。
 しかし春樹はその視線を意には介さない。
 春樹の意識にあるのは、健二の指だけだった。
「んっ、あ、あっ…」
 指が奥を抉り、春樹が頤を反らせる。その妖艶な様に、少年の一人がたまらず若い精を暴発させた。
 それを見てにやりと笑った健二が、やにわに春樹の中から指を引き抜き、少年が自らの掌に放った白濁をその指にたっぷりと絡め取る。
 そうして濡れた指を再び春樹に含ませると、潤うはずのない器官からちゅくりと水音が漏れた。
「あ、ん、ん」
「まだイクなよ」
 意地悪く健二が話し掛けたのは、春樹ではなくもう一人の未遂の少年だった。
 そしてしつこく春樹をほぐし、頃合を見計らった健二は、
「そろそろいい具合だから、挿れてやれよ」
 と、少年に向かってそう言って春樹の上から退き、場を譲った。